平成19年5月1日号
更新:2007年06月05日
市内にある数少ない歴史的建造物である大正天皇ゆかりの「御便殿」を、浜田城関係の資料館として、永久保存する動きが始まりました。
「御便殿」は、明治40年に後年、大正天皇となられる皇太子殿下が、皇室として初めて石見路を行啓され、その際の宿泊施設として建築されました。「旧浜田藩主松平子爵が心を盡して建築されしだけありて(山陰)両県随一の御旅館と称さる」(山陰道行啓録より)と紹介されています。
当時、明治天皇に行幸いただきたい旨の嘆願書を幾度となく提出するも、日清・日露戦争など激動の世相を反映して実現されず。日露戦争に勝利の後、戦勝の立役者でもある東郷平八郎元帥らを従えられての行啓となりました。
5月31日 午後0時20分に浜田の御便殿に到着。拝謁、陪食が行われる。
6月1日 浜田中学校、浜田高等女学校を視察。浜田城本丸跡、御便殿庭園を散策。
6月2日 歩兵第21連隊の視察。午後、御便殿庭園から船で松原、外ノ浦を周遊。一般市民は午後、旗行列、夜は提灯行列でご歓迎。
6月3日 御便殿を午後出発され、瀬戸ヶ島から長浜沖に停泊する御召艦「鹿島」に乗船、宿泊。
6月4日 早朝6時に(後鳥羽上皇・後醍醐天皇のゆかりの地である)隠岐に向かわれ浜田を出発。・・・ 4泊5日に及ぶ浜田での御滞在に対する、当時の町民の熱狂的な歓迎が目に浮かびます。
平成8年旧浜田市長に就任直後、御便殿を教会道場として利用している立正佼成会から「耐震補強の補修をしたい」との連絡が入りました。その時に「歴史的建造物だから、教育委員会の担当者を立ち合わせてもらいたい」とお願いし、快く諒解を頂きました。このことがきっかけとなり今回の動きへとつながりました。
4月26日、浜田城資料館建設促進同盟会(会長・岩谷百合雄会議所会頭)が設立され、幅広く寄付を呼びかけることにしました。 ご意見をお寄せください。
市長へのご意見はこちらまで・・・Email:mayor@city.hamada.shimane.jp