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平成19年度浜田市人権作品コンクール~最優秀賞・中学校の部           「第 二 の 私」

更新:2008年06月13日

中学校3年生

世の中に「死にたい」と思ったことがある人は、どのくらいいるでしょうか。私もかつてはその中の一人でした。
私は昔いじめを受けていたことがあります。話しかけても無視をされ、私が近づくと逃げられる。何気ないみんなの行動ひとつひとつが気になり、私はいつも「自分のことを言われているんじゃないか」とおびえていました。そんなつらい生活を当時は半年もの間、続けていたのです。そして家に帰ると家族にばれないよう泣いては「死にたい」と何度も何度も心の中で叫んでいました。でも本当に死ぬ勇気など自分にはなく、この状況をどうすることもできないと思うと悔しくて、そんな自分に腹がたつ毎日でした。
こういう時、大人はすぐに「もっと周りに助けを求めればいいじゃない。親や先生、誰にでもいいから相談して。」と言います。私たち子どものことを気づかってくれている一言は、とてもありがたいと思うけど、実際にいじめられている立場からしてみれば「言いたくない」じゃなくて「言えない」のです。
想像してみて下さい。あなたの生活から友達という存在を全て消すのです。昼休みも教室移動も一人、学校に行っても会話するのは先生だけ。それがいじめです。そしていじめを受け、耐えることのできなくなった中高生の自殺や自殺未遂が、今でも全国で起きています。そんな悲しい事件を受けても、いじめがなくならないのはなぜなのでしょうか。自分の事としておきかえられないのは、なぜでしょうか。
多分ほとんどの人が「いじめなんて自分には関係ない。」と思っているでしょう。でも、よく考えてみてください。知らず知らずのうちに相手に嫌な思いをさせていたり、みんながさけているから、自分もさけて当然だと思ったり、不満があるとこそこそ話をしたりする人はいないでしょうか。
いじめというのは、いじめる側といじめられる側、どちらが悪いのでしょう。いじめを他人事だと思っている人は「いじめる側が悪い」と言うのではないでしょうか。逆にいじめている側の人は、いじめられる側に責任があると言うでしょう。では、いじめられる側だった私はどうだったか。私は、きっといじめられる自分に原因があるのだと思いました。変わろうと努力もしました。それでも友達は、私を受け入れてはくれませんでした。本当はみんなと仲良くしたかった。昔のように一緒に笑いたかった。いじめをやめてほしかった。
この時のことは、私にとって一番思い出したくないことです。できることなら頭の中から消してしまいたいぐらいです。それでも勇気を出してここでうちあけるのは、今の私がこの作文を通して昔の私と正面から向き合うことができたから、そして何よりも私の気持ちを人々に伝えていくことで、誰か一人の心にでも変化が起こることを心から願っているからです。中学校生活というのは、一生に一度しかありません。お互いに傷つくいじめなどやめて、止めることのできないこの時間をもっと大切に有効に使っていきましょう。

 

【この情報の提供元】
浜田市 人権同和教育啓発センター   ( 庁舎配置図人権同和教育啓発センターの提供情報
TEL: 0855-22-2612  FAX: 0855-23-1866  Mail: jinken@city.hamada.shimane.jp
関連項目
浜田市人権作品コンクール
平成17年度
平成18年度
平成19年度
入賞作品(ポスター・作文・標語の部)
最優秀賞・小学校の部「私の足」
最優秀賞・中学校の部 「第 二 の 私」
平成20年度人権作品コンクール