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浜田城跡(島根県指定文化財)

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島根県指定文化財指定日:昭和37年6月12日
所在地:浜田市殿町
所有者:浜田市 

浜田城跡



古田大膳大夫重治(ふるただいぜんだゆうしげはる)は、元和5年(1619)に徳川頼宣(とくがわよりのぶ)の和歌山転封にともなって、伊勢国(三重県)松坂から浜田に国替となった。所領は、那賀・美濃・邑智郡と丹波国船井郡内(京都府)で5万5千余石が与えられた。領内各地を検分の後、現在地に築城することとし、亀の縁起に因(ちな)んで、鴨山(かもやま)を亀山(かめやま)と改めたという。翌年2月から築城にかかり、11月に地普請の大概を終え、元和9年(1623)には城及び城下の諸工事を完了したと伝える。


本丸には高さ約14mの三重櫓(やぐら)(天守)があり、城内にはこの外に櫓はなかった。二ノ丸には櫓台、塩硝蔵、本丸常番所、時打番所、三ノ丸には諸役所、土蔵、表屋敷、南屋敷などがあった。城門は一ノ門、二ノ門、中ノ門、大手門などがあり、二ノ門、中ノ門は多門造りで他は冠木門(かぶきもん)であった。さらに夕日ヶ丘の西側には庭園、茶屋等が設けられていた。
築城後248年間、藩政の中心であったが、慶応2年(1866)7月18日、松平武聡の自焼退城によって、城としての役目を終えた。

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