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石見国分寺跡(国指定文化財 )

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指定日:大正10年3月3日
所在地:浜田市国分町
所有者:金蔵寺  

石見国分寺跡
中央木立部分が塔跡



奈良時代、天平13年(741)の聖武天皇の国分寺・国分尼寺建立の詔により、各国に国分寺・国分尼寺が造られた。石見国分寺跡は現在の浄土真宗金蔵寺(こんぞうじ)境内にあたり、塔跡と礎石が一部残っているのみで、全体像は明らかになっていない。
金蔵寺は、寛文5年(1665)に小さな堂宇(どうう)と畑になっていたこの地を買い上げて建立されたと伝えられている。
昭和60年(1985)に塔跡が一部発掘調査された。発掘調査の結果、塔跡の縁に並んだ磚列(せんれつ)が確認された。これにより、12m~14mの基壇の上に約8m四方の塔が建っていたと考えられている。
昭和61(1986)、63年(1988)にも周辺が発掘調査された。真北方向に延びる溝状遺構が見つかり、炭化物、火を受けた銅造誕生釈迦仏立像(市指定)が出土した。国分寺が平安時代後半に火災にあった可能性も考えられている。
石見国分寺は瓦・土器などから当初からこの地に造られており、国府地区が古代石見国の中心であったことを示している。
 

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