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齋藤さん(東京都からIターン)

2014年 12月 26日

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浜田市 齋藤さん ~自然の中で子どもの「人間としての土台」をしっかり育ててやりたい~ 

きっかけは、長男誕生

 齋藤さんは東京出身。奥様は福岡出身で大学進学のために東京へ。田舎暮らしについてはお互いに漠然とした気持ちは持っていたが、結婚した時にはずっと東京で生活するだろうと思っていた。2011年2月長男誕生。山と田んぼが原風景の自分とは違い、長男が東京を原風景にして育つことに違和感を感じていた奥様は、出産後その想いが明確になっていた。そして東日本大震災後の避難を通して、「東京の原風景の中で子育てをするイメージがつかめない」「この子が幼稚園入園までにどこかに行きたい」と強く願うようになった。一方齋藤さんは内心「俺だけに転職のリスクをかけるのか」と当初は不満を持っていた。

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「子どもたちのため」に東京を離れようか…

 どこかに移住するのは大きな「かけ」だという想いの中、やっぱり緑の多い所が家族にいいかもしれないと齋藤さんも考えはじめ、東京を離れることを真剣に話し合うようになった。2012年、まず地縁や血縁のあるところへと探しはじめたがなかなかうまくいかなかった。悩める日々の中、妊娠が判明しすぐに動けない状況になってしまった。こうなったらちょっとゆっくり考えて「2014年春を目標にしよう」とあせる想いを改めた。そして、地縁や血縁にこだわらなければ「全国どこでもあり」と移住の視野を大きく広げた。

ご縁がはじまる… 「島根県に決めた!」

 体調が落ち着いてきた2013年5月、奥様は愛読書「TURNS」を図書館で借り、帰宅した齋藤さんにいきなり「島根県に行こう」と告げた。突然のできごとに齋藤さんは「鳩が豆鉄砲…」状態に。改めて「TURNS」をめくると、島根県東部地域の棚田の写真と定住を受け入れるコメントが掲載されていた。これは奥様に「とっても魅力的」なことであったと齋藤さんは語っている。奥様がずっと求めていたものがそこにあったのである。そしてその2日後、今度は新聞で「にほんばし島根館」の広告を見た。「定住相談やってます」のコメントに、奥様は「日本橋なら私でも週末に行ける!!」と想いを強めた。6月、家族で「にほんばし島根館」を訪問。「島根県に行ったことがないなら、一度行ってごらん。3日間くらいの時間と費用をつくってくれれば行きたい自治体にツアーを組んでもらうから」とびっくりするような提案をいただいた。そして7月、東部地域のツアーに参加した。あらかじめ希望していたように移住者の方に話を聞いたり、地元の方々といっしょに食事をしたり、ピザを焼いたり、野菜の収穫まで体験できた。「いいところだなあ!!」と移住先を島根県に決めた。

仕事のご縁で 「浜田市」を初めて知る

 2013年9月、島根県の定住関係のHP「くらしまねっと」をのぞいた。「県内公的機関の採用情報を更新しました」というコメントが目にとまった。募集要項には60歳未満までOK。勤務地は松江市、出雲市、浜田市とあった。勤務地のメインが「浜田市」とは知らず、 松江市、出雲市に心ひかれ即応募。めでたく採用OKとなる。そして、「勤務地は浜田市」とわかり、「浜田市」が大きくクローズアップされた。

子どものために一戸建てに住みたかったけれど… 

 東京ではアパートの2階に住んでいた。階下の住人から「子どもがうるさい」とストレスの多い日々であったため、移住先では一戸建てに住んで、子どもが思いっきり走りまわれる生活を希望していた。2014年1月、厳冬の頃、住まい探しのため初めて家族4人で浜田市に訪問となる。事前に市役所より「お気持ちはよくわかりますが、今は空き家バンクの中で条件に合う物件がないんです。民間の物件を探されるのも一つの案だとは思いますが、もしも社宅があるならそこに入居して土地に慣れてから改めて探すというようにされてはいかがでしょうか。」というような話があった。結果、浜田市での住まいのスタートは勤務先より徒歩数分の社宅に決めた。
 昼休みに家に帰って家族揃ってランチができること。今のところ緊急事態は起こってないが、勤務先から徒歩数分というのは何かあった時すぐに家に帰られるのはやっぱり安心感が大きい。一番心配していた階下の方も子育て世代で、子どものことはお互い様と言われほっとした。今のところ住環境に不満はない。

4月の入園式にぜひとも間に合わせたい

 1月に浜田市に訪問した際、幼稚園の下見もした。寒さのあまり車の窓越しに見た幼稚園は園庭の広さが魅力的で、母親の直感で「ここ!」と決めた。3月、雪の降る寒い日、引っ越した。そして4月10日、待望の入園式を家族揃って迎えることができた。なんとこの幼稚園には「神楽の部屋」があり、1月から新米の神楽ファンになったばかりの長男は大喜び。そして、母の願い通り広い園庭をのびのび走りまわって、夜は早々と19時頃に就寝となる毎日を過ごしている。

浜田に住んでいかがですか

 縁もゆかりもない「浜田市」に移住するにあたって、いろいろなことがスムーズに運んで不思議な感じです。「ご縁」を感じることが多いです。生活においても空気感も含めて、一言でいえば「なじんでます」という言葉がぴったりです。心がすっと落ち着いています。
 子ども達に「原風景」をもってほしかった。ふるさとを持ってほしい、帰ってくるところをもってほしい、好きになってほしいという想いがありました。「どんちっち」が好きになった長男をみて、私達が選んだ土地の伝統芸能を好きになってくれて「うれしい」と思いました。引っ越してきて間もない頃、「浜田市こども美術館」で「石見神楽」を展示してあり、親子でずいぶん救われました。これも「ご縁」ですよね。
 いつかは教育問題等もっと真剣に考える時期がくると思いますが、今は人間としての土台を築く方が大切、幼少期には五感をフルに活用できる環境が大事と思っています。やりたいことをやらせてもらえる時期は少ないので、東京ではできなかったことをいろいろさせてやりたいと思っています。「子育て支援センターすくすく」に行けば、地元のお母さん達と話もできてちょっとした心配事も解決します。のどかな環境で子育てをしています。

移住を考える方たちに… 「ビジョンを強く持つと、その分かなう時間が短くなる」

  想いが漠然としている時には物事をかなえることはなかなか難しいけれど、強く持つと「かなうまでの時間」が短くなる。今回の自分たちの移住は「想いに、いろんなご縁が導いてくれた」と思います。無理をした訳ではないのに、自然なながれの中で思っていたより早くここに来たという感じです。

 

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